妄想銀行
この本の初刊は昭和42年、僕はまだ6歳のころ。初めてこの本を読んだのはたぶん中高生だったと思います。
そして、それからさらに50年近くの歳月を経ても、星新一作品はまったく古びることを知りません。
これは決して妄想なんかじゃありません。
単行本
1967年代(昭和42年)初版
イラストレーターは真鍋博氏
星新一のショートショート程度なら自分にも書ける、と思い書き続けている人達も多くいるらしい。
「なんだこんなもの。あったような話だし、俺だって書ける」などと。
でも、そのように思わせてしまうところが星新一の凄いところです。
自分にでも書けるよと思わせてしまう文章力。
本当は「小難しい」文章なら誰でも書けるんです。素人が書く下手な文章はだいたいが分かりづらいですからね。
星新一ほどの実力者が、文学賞に縁がないのも意外なことです。
若者のSFファンが選ぶ「星雲賞」を一度も受賞していない。
日本SF作家クラブが選ぶ「SF大賞」も受賞していない。
亡くなってから特別賞を授与されたのみです。
SFファンにしてもSF作家クラブにしても、いったい「星新一」に対してどのような評価をしていたのだろうか。
もし星新一がいなかったなら、日本SF界はまた違った道を歩んでいたかも知れない。
その黎明期、SF=星新一であり、SF=ショートショートであったという事実。
そして当時、星新一以外の本は売れなかった。
もっと評価されて良いはず、と僕は残念です。
その生涯で、星新一が唯一受賞したといえる文学賞がこの『日本推理作家協会賞』(1968年受賞)です。
「受賞おめでとうございます。『妄想銀行』は読みましたが『その他の業績』という作品はまだです。きっとすばらしい作品でしょう。早く読みたいです。」
これは高校生のファンから届いた手紙だと、星氏から真顔で聞かされたと本書解説の石川喬司氏が書いています。
日本推理作家協会からの受賞理由が「妄想銀行およびその他の業績」だったので、その高校生が勘違いをしたのです。
微笑ましいエピソードですが、星新一の作り話かも知れません。(石川喬司)
妄想銀行の受賞はありがたいが、それまでの作品群や活動を「その他の業績」の一括りで評価された事への皮肉ともとれます。
それほど、星新一への文壇の評価は、一般読者の評価とかけ離れていました。
過去に直木賞候補にあがったこともありましたが、その選考評はひどいものでした。小説ではないなどという呆れた選考委員もおりました。
それほど、星新一の作品は、当時の日本文学からはみ出ていた。
早すぎた天才の悲運とも言えるのではないでしょうか。
彼らが見下した星新一の作品は、その死後、30年を経てもなお、書店に行けば殆どの作品が版を重ね並んでいます。
こんな作家は他に見あたりません。