【巻頭】

日本SFは黎明期がおもしろい

  

黎明期がおもしろい

 

1960年代、大好きな日本SFの黎明期
それは星新一氏から始まりました

 
未知の惑星「SF」

ひとり運命的に降り立った星新一

 
小松左京、筒井康隆と優秀な才能が導かれ

吸い寄せられるようにその惑星に舞い降りて
そしてキラ星のごとき作品の数々

  

夢中に読みふけった

あの頃を想い出し

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僕とSFとの出会い

 

自己紹介にかえて

 昭和36年生まれの僕がSFと出会ったのは中学生のころ。やはり例に漏れず星新一の作品集だったと記憶しています。それが「ボッコちゃん」だったか「ようこそ地球さん」だったかは記憶にないのですが、その面白さに夢中になりその後も作品集を手当たりしだい読み漁りました。

続いては、ちょっと毛色の違う筒井康隆の作品。それは「にぎやかな未来」という初期ショートショート集でした。この作品集もおもしろかった。ただ僕の正直な読後感は「星新一に比べて雑だな」ということです。簡単に言うと物語の展開から結末に向かう流れのことで、筒井康隆の作品の結末にはどこか強引さがあり、星新一の結末やオチが繊細で少しでも不自然さが残らないよう熟慮されているのに比べ対照的でした。

3番目に出会ったのが小松左京。作品は「ゴエモンのニッポン日記」だったか、それとも「明日泥棒」かな。なぜだろう。小松左京の作品にはどっしりとした安定感があります。長編作家気質の成せる技なのか、両足がしっかり地に着いている感じでした。

友人が僕の書棚を覗くと決まって「ありがちな並びだね」との感想に、言われた僕もなぜか恥ずかしさがあり、そこには星新一がSFの入門書で、そこから筒井康隆や小松左京…と難しく高級になるみたいな段階とみられていたあの頃から今に続く評価がありました。

そんなバカな話しはないではないか。文学や芸術にそんな単純な段階的分類分けなどあるわけない。そこにあるのは文学的、芸術的な「質」の問題であり、単なる長さや表現方法などではない。
いずれにしても、この流れはまさに教科書通りのSF御三家の初期経験であり「刷り込み」にあたります。僕にとってSFといえばこの3人の作品と、そこから派生し出会った作家の作品であり、とても狭いエリアの中にあります。だから中々、最近のSFにまで手が伸びません。現代の科学の進歩を思えば、最先端のSFはどこまで行っているのか興味はとてもありますが、とりあえずは僕がすり込まれてしまった初期SFをもう一度楽しんでいます。 

 

そしてブログを…

 

📚読んでいただければ📚

 ここまで自己紹介を兼ねたSFとの関わりを書いてきました。
僕は普通のSFファンです。
世の中の些細な圧力で心が折れそうになったとき、SFを時折読むことによって一時的にでも現実から逃れ、心の平常を取り戻し、また現実社会に復帰している。
そんなに熱狂的でもない、ありふれたどこにでもいる普通の読者です。

日々の忙しさの中で読書に浸れない日常が続いていた頃「定年を迎え一段落したら安楽椅子に横たわり、買いためて手付かずの本をゆっくり読んでやろうかなぁ…」
そんなことを考えていたことを思いだしました。
「今がその時。せっかく読むのならその感想を書き残しておきたい」それがこのブログのはじまりです。とりあえず過去に読んだ懐かしい本に再度目をとおしながら書き始めました。

変なブログを書いてるな。でもおもしろそうだな。
一度、黎明期のSFを読んでみようかなと思っていただけたら幸いです。

  

 

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