時間を自由に往き来する。
戦車が関ヶ原を駆けまわる。
そんなものは描かれない。
SFではなく本格的な時代小説です。
表題作の「殿さまの日」
いつもより長い作品。
「殿様は目ざめる。朝は6時。夏だったら6時の起床が慣例だが、冬は7時となっている…」
冒頭からこれだ。
江戸時代なら卯の刻とか丑三つ時とかが常識ではないか。
殿さまの口から朝6時はあり得ないと思いつつも、星新一にとっては時代考証なんかより、分かりやすさが優先するんだろう。
1983年(昭和58年)文庫版初版
10年後に出版された文庫版のデザインは単行本とほぼ同じです。
大正から昭和初期、日本一といわれた製薬会社の御曹子、星新一はその育ちの良さとにこやかな風貌で、SF仲間からは「殿様」と呼ばれていました。
その殿様が書いた殿さまの物語です。
ある藩主の日常を描いた「殿さまの日」にしても、豊臣秀頼の苦悩と滅亡までを描いた「城のなかの人」にしても、いくさや城内のゴタゴタなど人間臭いエピソードは描かれない。
将軍や殿さまも二代目以降になると天下太平の世、いくさの経験などない。
成長にしたがい徐々に自身の運命的な環境を理解する。
時代小説の大家が書くものとは趣が違います。星新一は「実験小説」といえるような作品をサラリと書き上げてしまう。
作品集としては「殿さまの日」と「城のなかの人」の二冊が出版されていますが、没後「時代小説集」として、天、地、人の3巻に再編されて出版されています。
出版社はポプラ文庫です。