生活維持省 星新一

「今では、すべての悪がなくなっている。強盗だとか詐欺だとか、あらゆる犯罪が。それに、交通事故や病気だってなくなった。かつては自殺なんかをするやつもいたんだってな。考えられないことだ。」

「それはそうだ。たったひとつのことを除いたらね。」

「…それをなくそうとしたら、すべてがたちまち混乱の昔に戻ってしまうじゃないか。」

「生活維持省」
星新一初期の傑作であり問題作。
コンピュータによる人減らしという方法による平和を受け入れた人類。
これで戦争も公害も食糧難も、様々な負の事柄から抜け出すことができる。
しかし、その代償として、自分のカードが引かれたら抗うことなく命を絶たれてしまう。
年齢、性別、社会的身分に関係なく、明日、どんな重要な予定があろうと。
どんな幸せな日々が待っていたであろうと…すべては平和のため。

そのシステムのおかげで、有史以来の人類の夢であった「完全に平和な社会」を手にすることができたのだ。
(生活維持省より)

それを手に入れたのですから。
逆らうはずがないじゃないですか。
これ以上の幸せは無いのですから。
人生なんて儚いよ。自分が知らないだけなんだ。街路の先の角を曲がったその先で僕の人生は終わるかもしれないんだから。
そんな儚い運命とコンピューターの選択とどこが違うといえるのだろうか。
…僕にはわからない。

『ボッコちゃん』に収録
img111

「あらゆる知見を総合して平和を研究するべきです…しかし、その結果として出てくる世界平和の状態は、決して安易なものではないだろう。…かなりの精神的な物質的な負担が要求されるかもしれない。おそらく戦争よりはるかに難事業であろう…」(星新一)

「あぁ、生存競争と戦争の恐怖のない時代に、これだけ生きることができて楽しかったな。」(主人公ラストの言葉から)