【ことばの蘊蓄】

皇紀2686年の年が明けました。
日本は世界で一番古い国であることを知らない人もいるといいます。

 

今上天皇の皇祖であり初代天皇であらせられる神武天皇の即位した年を皇紀元年として数えます。これが正当な日本の紀年法であり、キリストの誕生を元年とする西暦と比べて660年古いことになります。

このような古い国家だからこそ様々な横顔を僕たちに見せてくれます。


「ことば」もそのひとつですが、日常生活ではあまり意識しないけれども,日本語の約束事から少し自由に離れてしまった言葉たちもたくさんあります。
そのような言葉についての蘊蓄(ウンチク)をご紹介していきたいと思います。

 

星新一氏は、当たり前のことですが、言葉にはうるさかったようです。
ショートショートコンテストの応募作品を審査するにあたっても、言葉や漢字の間違いがあればその小説を審査する以前に振り落としたと言います。

筒井康隆氏は、自分宛に届いた父親からの手紙について、いつも「筒井康隆 殿」とあったことから父親とけんかをしたそうです。「殿」は目下の者へ使う言葉だという理由からで、親子関係であっても、子供が目下とは限らないという筒井康隆氏特有の理屈である。
作家たるもの、このぐらいのこだわりを言葉に持たなければ、おもしろい話など書けないのかもしれません。

 

というわけでこのコーナーでは、そんな言葉に関するちょっとした蘊蓄を書いてみます。
実は僕自身も「へー、そうなんだぁ…」というレベルですので、一緒にお勉強をいたしましょう。

 
  

百姓読み

 

「百姓読み」とは、「慣用読み」とも言いますが、漢字を偏(へん)や旁(つくり)から類推して我流に読むことをいいます。

 
なぜ、「百姓」かというと、田舎者とか情緒を解さない者を罵って言う言葉としての百姓から来ており、漢字の読み方を知らない教養のない者であろう百姓が誤って読んでしまう、というところから来ています。

読みづらい漢字だからこそ、誤った読み方をしてしまう。そして読みづらい漢字だからこそ、その漢字を読めない人の数も多いため、誤った読み方が一般的に広がり、定着してしまう傾向にあります。

 

・消耗 ➡(誤)しょうもう
       (正)しょうこう
・輸入 ➡(誤)ゆにゅう
       (正)しゅにゅう
・漏洩 ➡(誤)ろうえい
       (正)ろうせつ
・稟議 ➡(誤)りんぎ
       (正)ひんぎ
・捏造 ➡(誤)ねつぞう
       (正)でつぞう
・矜持 ➡(誤)きんじ
       (正)きょうじ
・口腔 ➡(誤)こうくう
       (正)こうこう
 

重箱読み

 

熟語の変則的な読み方のひとつ。熟語の前の漢字を音読みで、次の漢字を訓読みで読むような、規則から外れた読み方を言います。

 

・重箱(ジュウばこ)
・額縁(ガクぶち)
・金星(キンぼし)
・工場(コウば)
・残高(ザンだか)
・最高値(サイたかね)
・雑木(ゾウき)
・竹輪(チクわ)
 

湯涌読み

 

こちらは、重箱読みとは反対に、前が訓読みで次の字が音読みをいいます。
湯桶とは、よくそば屋さんでそばを食べ終えた後に「そば湯」を出してくれますが、そのそば湯を入れて注ぐ容器のことです。

 

・湯桶(ゆトウ)
・小兵(こヒョウ)
・高台(たかダイ)
・敷金(しきキン)
・白菊(しらギク)
・手帳(てチョウ)
・見本(みホン)
・鶏肉(とりニク)
・油絵(あぶらエ)
・親分(おやブン)
・株券(かぶケン)
・立役者(たてヤクシャ)
・永年(ながネン)
 

音位転換

 

言語において、語の中の音素の順位が入れ替わる現象をいいます。
このようなことがなぜ起こるのか。
・比較的発音しにくかった音の並びが入れ替わり、より発音しやすい形になる
・意味の上で関連のある別の語やよく似た語に引っ張られ、結果として音位転換がおきる。
このような経緯があります。

・山茶花:さんざか➡さざんか
・新しい:あらたし➡あたらしい
・舌鼓 :したつづみ➡したづつみ
・秋葉原:あきばはら➡あきはばら

・雨傘 :「あめ」と「かさ」➡あまがさ
・風上 :「かぜ」と「かみ」➡かざかみ
・酒屋 :「さけ」と「や」➡さかや

・「遊び」と「て」➡「遊びて」➡遊んで
・「立ち」と「て」➡「立ちて」➡立って

このように身近な言葉が音位転換し、意識しないまま、僕たちの会話が成立しているという、日本語の面白さの一例です。
  

読み方の変遷

 

【施行】
・一般的には「しこう」
・役所や法律等では「せこう」
・古典的な読み方では「せぎょう」


【重複】
・本来の読み方「ちょうふく」
・慣用的な読み方「じゅうふく」


【早急】
・本来の読み方「さっきゅう」
・慣用的な読み方「そうきゅう」


【捲土重来】
・本来の読み方「けんどちょうらい」
・慣用的な読み方「けんどじゅうらい」


  

国字

 

国字とは、日本特有の文化や習慣、自然など中国由来の漢字では表せない言葉を、独自の文字を作って表現した和製漢字のことです。

 

・峠(とおげ)・柾(まさき)・笹(ささ)
・圷(あくつ)・樫(かし) ・腺(せん)
・〆(しめ) ・椚(くぬぎ)・鋲(びょう)
・喰(くらう)・畑(はたけ)・鯱(しゃち)
・塀(へい) ・畠(はたけ)・鰯(いわし)
・枠(わく) ・蛯(えび) ・辻(つじ)

 

【国字の特徴】

・基本的には「訓読み」だけ

・例外的に「音読み」が後付けで付いたもの。

 これは「形声文字の法則」から後付けした。

 「働」…どう

 「腺」…せん

 

【会意文字の原理】

 「榊」…神の木

 「躾」…身を美しく

 「凪」…風が止まる

 「峠」…山を上がり詰め下りにかかる場所

 「働」…人が動くこと

 

【国字が中国へ】

・日本製の漢字が中国で使用される例

 「腺」「鱈」「働」「栃」「搾」

 「畑」「枠」「匂」「塀」

 

このように中国から伝わった漢字では表現しきれないため、日本の風土にあった「国字」が発明され、さらにその国字が中国に逆輸出され使用されている。

言葉や文字は生きていて、自由自在に活動の幅を広げている。

とてもオモシロい。
  

和製漢語

 

和製漢語とは、日本人によって作られた漢語のことで、基本的には中国語の造語法に基づいています。古くからありますが、特に明治以降、欧米文化の流入とともに当時の文化人たちによって多くの和製漢語がつくられました。

【幕末以前】
・火事…ひのこと
・立腹…腹をたてること
・大根…おほね
・返事…かえりごと
・介錯…かいしゃく
・芸者…げいしゃ
・硝子…がらす
・和蘭…おらんだ

【明治以降】
明治期以降、西洋の思想や概念を日本に紹介する過程で、多くの文化人や思想家によって現代でも使われる多くの和製漢語が創作されました。
今まで日本になかった概念を漢字の組み合わせで表現し、日本語で抽象的な思考を行うための土台を築き、日本の近代化と漢字文化圏の東アジアへの影響に大きく貢献しました。

 

ここには代表して、福沢諭吉の創った和製漢語を紹介します。
・自由 (liberty)
・経済 (economy)
・社会 (society)
・演説 (speech)
・科学 (science)
・哲学 (philosophy)
・教育 (education)
・文明 (civilization)

余談ですが、「ヴ」の表記:外来語の v 音を日本語で表記するために「ヴ(ウに濁点)」を考案したのも福沢諭吉です。
 

当用漢字

 

1946年(昭和21年)終戦の翌年に、国語審議会が答申し、内閣が告示した「当用漢字表」に搭載された1850の漢字をいいます。
「当用」は「さしあたって用いる」を意味し、1981年(昭和56年)まで使用されました。
当用漢字表は、さまざまある漢字のうち使用頻度の高いものを中心に構成され、また、複雑で不統一だった従来の漢字をまとめ簡略した字体(簡易字体)を正式な字体としました。

戦後生まれの僕たちは、戦前の旧字体を知らず時々目にして戸惑うことがあります。
台湾などでは今でも旧字体を使っているようですが、中国ではさらに簡略した文字を使っています。朝鮮では漢字そのものを捨て去り、日本語の平仮名、片仮名に相当する表音文字(ハングル)のみを使っています。

これらの国々は同じ「漢字文化圏」にありながら、漢字による意思疎通が徐々に難しくなってきています。
時々テレビなどで目にする台湾の繁華街の風景にある「漢字表記の看板」を見てなんとなく意味が分かることがありますが、中国の漢字は省略がとんでもなく激しく「とにかく簡単に、画数は少なく、早く書けるように」と無理矢理進められたらしく表意文字であることさえ放棄してしまったかに思えます。

これは戦前からあったことなのですが、明治の作家や思想家などから「日本が欧米諸国に比べ、文化的に劣っているのは習得に長時間を要する漢字を使用しているからだ」「漢字表記を捨て去り、ローマ字を採用すべきだ」「世界で一番美しいと言われるフランス語を公用語とすべきだ」など漢字廃止論が盛んに交わされ、事実、文部省で用字制限を加える試みもありました。
幸いにして、日本は漢字を捨てることなく現在に至っています。

当用漢字とは、先ほども書いたように「さしあたって用いる」漢字のことです。
つまり戦後、日本の漢字廃止論者たちの目論見があって制定に至った制度であり、当用漢字表にまとめられた漢字は、熟慮などすることなく「取りあえず載せておけばよい。いずれ漢字など廃止するのだから」というのが実情だったと「当用漢字」について調べる中で、当時携わった人たちの証言がありました。

 
漢字を棄てることは漢字文化を棄てることであるのはもちろんのことですが、さらには古文書など、古くからの先人たちが残した文化遺産を理解する術(すべ)さえも棄てることなのです。

しかし、これまた幸運なことに、現代社会は各自がコンピュータを携え文字を書く時代になりました。つまりどんな複雑な文字であっても指一本で書ける時代になり、今更漢字廃止など唱える意味は”雲散霧消”どこかに消え去ってしまいました。

僕たちは今、様々な漢字を平仮名、片仮名、ローマ字など好きな文字を混ぜ合わせて楽しみながら操れる時代にいます。このブログだってその恩恵のひとつです。
僕は今、本当に楽しみながら文章と戯れているのです。
 

常用漢字

 

1981年(昭和56年)、「当用漢字」に変わって制定された「常用漢字」は、「当用漢字」を削除することなく95字をさらに加えた形で告示されました。

 
「常用漢字」は漢字の使用目安であり、制限ではありません。
その後も何度か改訂作業が行われ現在に至っています。
先にも述べたとおり、文章をパソコンで書くのが当たり前になったのだから、法令、公文書、新聞、雑誌、放送などはある程度仕方がないにしても、個人的には自由でよいと思います。
当用漢字を決めることにより、おかしな単語表記が増えてしまいました。

・「牽引」が「けん引」
・「愛嬌」が「愛きょう」
・「位牌」が「位はい」
・「殴打」が「おう打」
・「快癒」が「快ゆ」
・「虚構」が「きょ構」
・「祭司」が「祭し」
読んでみてください。
使えない漢字があることにより、反って意味が分からなくなってしまいます。
このことについては、早く改善していただきたいものです。
 

漢字の音読み

 

【漢字の音読み】
漢字の音読みには、日本に伝わった時代背景から「呉音」「漢音」「宋音」の三種類があり、発音が異なります。

・呉音(ごおん)
 5~6世紀頃
 現在の中国南部から伝わった読み方です。
 音読みの中では一番古く伝わってきた音です。
 仏教用語やその当時の古い言葉です。
 現在の日常用語にも残っています。   
 明➡ミョウ 業➡ゴウ 寺➡ジ
 未➡ミ 領➡リョウ 神➡ジン
 婆➡バ 禅➡ゼン 従➡ジュウ、ジュ
 弟➡ダイ 礼➡ライ

 

・漢音(かんおん)
 7~8世紀頃
 遣隋使、遣唐使や留学僧などにより伝えられる。
 神➡シン 婆➡ハ 禅➡セン
 従➡ショウ 弟➡テイ 礼➡レイ

・宋音(そうおん)
 平安時代~江戸時代にかけて伝わる。
 行➡アン 飴➡アン 胡➡ウ
 外➡ウイ 和➡オ 強➡ガン
 経➡キン 京➡キン

 

以上、簡単に漢字の音読みについて書きました。
2600年以上の歴史があり、その間に積み上げられた伝統、文化、他国との交流など、それらの全てが日本を形作っています。日常的に使われている漢字にさえ、その読みに歴史の重さを感じます。
  

春秋二倍説

 

三世紀ごろの中国の歴史書「魏略」に邪馬台国時代の倭国に関する記述があります。
「その俗 正歳四紀を知らず ただ春耕秋収を計って年紀と為す」
つまりは、今の半年を一年として数えていたという記述があります。

 
一方、この記述は「春に耕し秋に収穫するのを一年と大ざっぱに考えている」と述べているだけで、この記述をもって史書に記された年数を二倍に解釈するのは牽強付会との意見もある。
これは初期の天皇の長寿過ぎることに対する意見です。

 

神武天皇は127歳まで生きたとあります。初期の歴代天皇はみんな長寿ですが、あまりにも長寿の為、それをもって古事記や日本書紀の記述はデタラメだと決めつける学者もいます。
この「ことばの蘊蓄」のページ冒頭で、”皇紀2686年”と書いたのはこの初代神武天皇127歳から計算しているものです。

 

《春秋二倍説》
春分から秋分までで一年、そして秋分から次の春分までを更に一年と数える説、一年で二歳年を重ねれば、126歳は63歳になる。
平均年齢40歳程度の弥生時代にあって、初期天皇の年齢が100歳を越えている理由も説明が付きます。

《貝田禎造説》
貝田禎造は「記紀」を読み込み、そこに規則性を発見しました。
「日本書紀」に記されている日付を分析したところ、92%最が1日から15日に集まっていることを発見し、当時は1ヶ月を30日とする暦と15日とする暦の二重構造により表記されていたとの指摘をしました。

 
1ヶ月が15日、そして1年は12ヶ月という暦。
天皇の年齢はこの1ヶ月が15日の暦を用いていたため、1年は180日であり、天皇の年齢が63歳の場合、1ヶ月が15日の暦で表記すれば123歳になるということです。
※1ヶ月が30日の暦は、行幸の日程や外国の記事に限定して使用していたらしい。

僕が二十代のころに読んだ本には、天皇が長命なのは「地球外知的生命体」だからであり、地球人との混血がすすむ過程で寿命もだんだん短くなってきた。
などと軽薄な説を得意げに書いているものもありました。

何でもかんでも「宇宙人説」で解決しようとするのは今でも同じです。
そんな答えには、夢がない。おもしろくも何ともない。
もっと真面目に研究しなさい。

まぁ、何れにしても皇紀を今の暦で計算し直したとしても、西暦とほぼ同じ位の歴史になるわけで、驚異的に長く続いている王朝であることに変わりはありません。
その意味においても、この素晴らしい王朝を簡単に途絶えさせてはいけないと思います。
失うのは簡単ですが、二度と蘇りませんからね。

 

 

【歴代天皇の年齢】 (古事記) (日本書紀)
・初代 神武天皇  137歳  127歳 
・二代 綏靖天皇   45歳  84歳 
・三代 安寧天皇   49歳  57歳 
・四代 懿徳天皇   45歳  77歳  
・五代 孝昭天皇   93歳 113歳
・六代 孝安天皇  123歳 137歳
・七代 孝霊天皇  106歳 128歳
・八代 孝元天皇   57歳 116歳
・九代 開化天皇   63歳 111歳
・十代 崇神天皇  168歳 120歳

 

古代文字 …工事中

 

日本には漢字が伝わるまでは、日本独自の文字は存在しなかったというのが定説です。
ところが古くから「神代文字」と称される文字が各地に残されていることが知られていました。
江戸時代、平田篤胤がその研究結果を「神字日文伝かんなひふみのつたえ」に著しています。

 

神代文字は、全国の神社や遺跡(刀剣、洞窟、石碑など)から発見され、その中でも平田篤胤が真正の古代文字だと結論付けた「阿比留文字」について、様々な考察がなされました。
それ以外にも全国各地に伝わる神代文字については、「疑字篇」として紹介されています。

 
これらの文字のうち、古い文字にあっては縄文時代にまで遡ると推測されるものもあります。これは「石碑」に刻まれており、古代オリエントの文字とも似ており、その謎が解明されれば、日本史、世界史が根底から覆されるほどの発見となるでしょう。

 

縄文時代の石碑に刻まれた「神代文字」?

 

縄文、弥生時代まで遡れる土器、土偶などに刻まれた文様、あるいはもっと古いかもしれない石碑などにも刻印されているもの。

日本では学術的な評価はなされていない。

これを「文字」であるとは認めていないが、何かのデザイン、宗教的な意味を持つもの、記号ではないかという程度、もう少し好意的に評価して「文字体系を成す前段階」に位置する記号である。

まぁ、学会での評価など現代における常識のその延長上でしか判断できないから、そんな威張れたものでもない。

 

それに、日本の縄文時代など獣の毛皮を身にまとい、石や棍棒で動物を捕まえ、仲間みんなで分け合って飢えを凌いでいた原始的狩猟民族程度にしか評価できていない。

この日本にそんな文字を持つような進んだ文明が生じるはずはない。という自虐的歴史観が基礎にあります。

 

ところが近年、その縄文時代が脚光を浴びています。

原始的狩猟生活というイメージでは説明のつかない遺跡が、日本全国で相次いで発掘されているからです。

 

【豊国文字】

  (ヒエログリフ)     (豊国文字)

古代エジプトのヒエログリフは、紀元前4000年ごろから確認されている。

それと酷似しているといわれるのが日本の「豊国文字」です。

 

 
【阿比留文字】

対馬国の卜部氏・阿比留氏に伝わったといわれる文字

朝鮮のハングルと似ている

  

 

【サンカ文字】

日本の古い民サンカが使っていた文字

豊国文字と似ている

 

   

【秀真(ホツマ)文字】

日本の古代文書である「ホツマツタヱ」に伝われている文字    

 

 

【阿波文字】

徳島県を中心に伝承されてきた文字

 

 

【対馬文字】

 

  

 

【吉備文字】

吉備国(岡山県周辺)に伝わったとされる文字    

 

 

【出雲文字】

出雲の石窟で発見されたとされる文字

 

     

  

 

ただ、古代日本語文法や発音などの研究がすすむにつれ、今までの「古代文字」研究の成果に矛盾点が多く指摘されるようになりました。

果たして将来的に、神代文字が漢字以前の日本古来の文字であるという結論になるのであろうか。

とても楽しみです。

       

万葉仮名

 

漢字の「音・訓」を借りて日本語の音を表記する古代の文字システムで、漢字の音は無視して使われました。
「古事記」、「日本書紀」、「万葉集」や7世紀ごろの木簡や文献でも使われており、漢字を表意文字的に利用しており、後のカタカナやひらがなに発展していきました

 

このようなアイデアは中国でも存在せず、未だに表意文字である漢字のみを使用し、表音文字の発明はなく、漢字の発音を学校で教える場合でも、直接声で教えるか、ローマ字を使った「ピンイン」で発音を伝えます。ローマ字は他国の文字です。

ここに万葉仮名で書かれた万葉集の歌を紹介します。

万葉仮名➡訓読の順です。

 

持統天皇の歌
春過者 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香具山
春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天の香具山 

額田王の歌
熟田津爾 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者漕出奈
熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなぬ 今は漕ぎ出でな

【大伴家持の歌】
我屋戸之 伊佐左群竹 吹風乃 音乃可曹祁岐 此夕鴨
我が宿の いささ群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも

 

日本の数え方

 

いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう」と現在は数えますが、和語(古語)では何と数えるのか疑問が生じたので調べてみました。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお」これは実は和語に「つ」がついた言い方です。これは接尾辞で「個」と同じです。
ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお」これが純粋な和語(古語)です。

では、古代日本では11から99は、
 11「とおあまりひとつ」
 20「はた」21「はたあまりひとつ」
 30「みそ」33「みそあまりみっつ」
 40「よそ」44「よそあまりよっつ」
 50「いそ」
 60「むそ」
 70「ななそ」
 80「やそ」
 90「ここのそ」
100「もも」、1000「ももち」

【現在の名残り】
一歳➡ひとつ

二十歳➡はたち

三十路➡みそじ

百歳➡ももとせ
千歳➡ちとせ

八百万の神々➡やおよろずのかみがみ
二日➡ふつか

五日➡いつか

八日➡やうか(ようか)
一人➡ひとたり(ひとり)

二人➡ふたたり(ふたり)


【太陰暦のなごり】
一日➡ついたち(月立)
三十日➡つごもり(月籠もり)
十二月三十一日➡おおつごもり(大月籠もり)


旧暦では、

月の最終日晦日(みそか)といい、年の最終日を大晦日(おおみそか)といいます。

ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、ここのつ、とう
こちらは、「ひ、ふ、み、よ…」の音を延ばしたパターン。
子供に数え方を教えたり、日常会話で使う場合いの言い方ですね。

  

難読名字

 

日本の名字は、その時代や文化、風習、自然など様々なことから影響をうけ形作られ、さらには長く平和な時代の流れの中、そこから複雑に派生し、他国に例を見ないほどの個性的名字が存在しています。
このコーナーでは、数多くの名字の中から、言葉遊びのような、駄洒落のような名字をご紹介します。

 

・小鳥遊➡たかなし
・月見里➡やまなし
・四月一日➡わたぬき
・四月朔日➡わたぬき
・八月一日➡ほづみ
・八月朔日➡ほづみ
・九➡いちじく
・春夏冬➡あきなし

これらの難解な読み方には、調べてみると「なぁるほどね」と思わず微笑みを浮かべてしまう由来があります。
ご自身で調べてみてください。ネット検索でもすぐに答えが見つかります。

 

 

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