著者名 海野十三
発表年 1937年(昭和12年)
掲載作品集 短編集「十八時の音楽浴」
「地球に再び氷河期がやってくる。…第一は変に熱苦しい気温のことだ。冬だというのにまるで四、五月ごろの気温ではないか。それに…地震が頻発しているが、その前兆である」と、再び氷河期がやってくると主張しつづける「氷河狂」と呼ばれる老博士…
物語はこの老博士と警察組織とのやりとりに始終し、日本を巻き込む広がりを見せず、各国との関係性やこの氷河期到来による海外の悲惨な現状、祖国を失い世界中の居住可能な地域への移住計画に伴う、ありふれた人間模様などの描写などもなく全体に内容が薄い作品になっているところが残念です。
この物語は、分類で言えば小松左京の「日本沈没」と同じカテゴリーに属します。
急激な気候変動により国民が日本に住めなくなる。温暖な国と交渉重ね資財を尽くし、国民を脱出させる方策を早急に進めていかなければ…しかし博士の説得もむなしく、国も人々も信用しようとしない…
しかし、数年後、地球は大変な異常気象に見舞われ、一気に氷河期に突入してゆきます。
東京は雪が降りつづき、ビルはことごとく雪に埋もれ、やがて送電も止まり、食料も尽き、これは日本だけではなく世界中が氷の世界に。
結果、地上の生物はことごとく死滅してしまう。もちろん人類も…
その裏で、博士が個人的に集めた資金によりアメリカの廃鉱を買い集め、そこを日本人の避難所とすべく、食料品(缶詰)を買いあさり、発電用の燃料を持ち込み…
この老博士は、小松左京の日本沈没で言えば、Mad Scientist「田所博士」ですね。
物語自体のアイデアはよいのですが、スケール感に物足りなさを感じます。
枚数制限や当時の地質学や地震学を考えれば致し方ないと思います。
昭和初期の時代を考えれば「頑張って書いてる」と評価できます。【日本SFの始祖 海野十三】
ところで、この氷河期の始まりの設定って、昨今の地球の状態と似ていませんか。
地球温暖化が叫ばれ、夏の異常な暑さ、季節感のズレ、頻発する各地での地震…
しかしその元凶は二酸化炭素であると。地球温暖化ガスである二酸化炭素を減らして温暖化を防がなければならない。そうしなければいづれ金星のように灼熱地獄の惑星になる…と宣伝されています。
でも僕には疑問があります。
現在、二酸化炭素は大気中たったの0.04%です。これが増加して0.4%になったとしても。この程度の二酸化炭素が本当に地球温暖化を促すのだろうか。地球の放射する熱を宇宙に放出させず大気圏内にため込ませるだけの力があるのだろうか。
例えば太陽の活動が一時的に活発化しただけでも地球に及ぼす影響は甚大だし、火山噴火、長期間燃え続ける山火事などもあり、そんな二酸化炭素を減らしたところでどうなるもんでもないし、それは地球の本来のあるべき姿の活動です。
太陽活動の活発化で地球の温度が上昇すれば、海洋中の二酸化炭素は大気中に溶け出し、二酸化炭素濃度は上がります。つまり、二酸化炭素が増えたから温暖化しているのではなく、太陽活動の活発化により気温が上昇し、海洋中の二酸化炭素量が大気中に放出され、大気中の二酸化炭素量が増えたと考える方が自然に思えるのは僕だけだろうか。
本書のこのくだりは、科学的な真偽は置いといても、興味深い箇所です。
さらに、地球上の動植物は地球の環境の中で繁栄しています。つまり、二酸化炭素や日光を取り合いながら繁殖しているのです。
もし、これ以上二酸化炭素を減らしたならば、植物は育たなくなるのではないだろうか。
今でも、ビニールハウスを利用して作物を作る農家では、ハウス内に二酸化炭素を送り込んでいます。そうしないと作物によっては、二酸化炭素不足で良く育たないと言います。
読後感としては、アイデアや冒頭部分は面白かった。これは長編小説で書き上げるべき題材ですが、短編で仕上げてしまった点が残念です。
さらに、老博士が氷河期が始まると警告してから短期間で地球が氷河期に突入するという性急さ。
氷河期が来ることについての科学的論拠が「素人に話して理解できるような話しではない」という理由で、結局最後まで明らかにされなかった点。この点もSFとしては物足りなかった。
やはりSFなら、どんなウソを並べ立てでもいいから、読者を巧く騙した理論を構築し、物語に肉づけをして欲しかった。
それから蛇足ですが、20年ほど前に、この第五氷河期にとても似ている「デイ・アフター・トゥモロー」という駄作なアメリカ映画があったを思い出しました。
本作品は現在のSFのレベルから見れば致し方ないのですが、もし著者に、日本沈没を書き上げた小松左京ほどの基礎となる情報資料と長編にまとめ上げる技量ががあれば…
筒井康隆ほどのドタバタセンスと天才的な文章力があったならば、短編でも素晴らしい作品に仕上がっただろう。



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