SF小説は、未来や異世界を扱う分野であることから、一般的言い回しとは異なる言葉が数多く存在します。つまりは専門用語です。
SF方言
SF方言とは
SF界隈で使用される
SF界隈特有の言葉や言葉の使い廻しをさし
SF特有のこの言葉により
SFの世界観をより豊かに表現できます
さあ、これからSF小説を読んでみようと、本を手に取り読み始めると、見慣れない耳慣れない言葉で綴られており、SF作品へのひとつの障壁となっていることから、「SF方言」などと差別的扱いを文壇から受けています。
それがSF方言です。

タイムマシーン
過去または未来へ旅をするための装置のこと。
初めてSF作品に登場したのは、H・G・ウェルズの「タイムマシーン」という作品です。
スクーター型で、場所を移動しないで、ダイヤル操作によって時を旅します。
その後、SF作家たちにより様々なタイプのタイムマシーンが発明されました。
列車のステップ型、大きな玉型、手術椅子型、電話ボックス型、トンネル型…
ドラえもんでは、のび太の「勉強机」、スーパージェッターは「流星号」
映画「Back to the Future」では、「デロリアン」
あの近未来的車です。
この映画がヒットした要因のひとつには、タイムマシーン「デロリアン」の魅力にあることは間違いはないだろう。

タイムマシーンひとつあれば、SFのアイデアがたくさん生まれてきます。
時代を遡ったことによる歴史のゆがみ。全く別の未来で待ち受ける新たな人生。
旧来の小説にはできない、新たな小説表現のためのツールをSFは手に入れました。
そのひとつが「タイムマシーン」です。
親殺しパラドックス
時間をテーマとしたSF作品の題材のひとつ。
古典的テーマでありながら、とても難しい課題です。
『ある男がタイムマシンを発明します。男はそのタイムマシーンに乗り込み、自分がまだ生まれていない過去に現れ、両親を殺してしまいます。その結果、男はどうなるのか』
親殺しが成功する➡男は生まれてこない➡生まれてこない男にタイムマシンは発明できない➡親は殺されないので男を生む➡生まれた男はタイムマシンを発明する➡男が過去に戻って親を殺し親殺しが成功する➡男は生まれてこない➡……
このパラドックスに挑戦したSF作品が数多く書かれています。
①親を殺すと自分も消えてしまう
②親を殺そうとするが殺せない
③殺しても歴史に何の影響もなく何も変わらない
①は、映画「Back to the Future」で描かれた、段々自分の姿が薄くなってくるというシーンです。つまり、自分の親が結婚しないことにより、この後の世界の歴史が変わってしまい、この男は生まれてこないという別の歴史に移ってしまうというアイデアです。
②は、歴史を変えることはできない。男が親を殺そうとすると、そこに歴史という大きな時間の流れの力が生じ邪魔されてしまう現象で、筒井康隆作「時をかける少女」で、主人公がタイムリープの途中で子供の頃の自分を見かけるが、自分がその子の前に近づくとその子はどこかに消えてしまい、同時間に存在することができない。邪魔されてしまうという現象が起きます。
③は、実は殺した親は実の父親ではなく、母が浮気をした相手の子供だったなどの展開で、これは明らかにパラドックスに向き合っていない、つまり逃げています。
筒井康隆のショートショート「タイムマシン」という作品があります。
この作品は、決して「タイムマシン」のパラドックスに向かい合った作品ではないですが、まぁ、こんな作品もあります。
短編集「笑うな」に収録されています。
友人からタイムマシーンを発明したと連絡を受け、早速友人宅へ向かう。
そして二人で数分前に遡り…
というショートショートで、タイムパラドックスものではなく「タイムマシーンがもし発明されたらこんな楽しみ方もある」という、いかにも筒井康隆らしい作品です。ぜひ、笑い転げてください。
パラレルワールド
「パラレルワールド」とは日本語に言い直すならば「並行世界」「多元宇宙」となり、僕らが生活しているこの世界と「ほんのチョット」違う、「よく似た世界」が時空違えて無数に存在しているというとてもSF的で魅力的な世界です。
僕が子供の頃、詳しくは忘れましたが、テレビで観た外国映画のワンシーン。
”主人公が今までいた環境と全く同じで周りの人もそのまま。ところが、一つだけ異なる点を発見します。それは、文字が鏡に映したかのようにまるっきり反対に書かれている。そんな世界に紛れ込んでしまった”
というものでした。
「パラレルワールド」のアイデアとしては、
・宇宙飛行士が、何年もの長旅の末地球に帰還し、日常生活に戻るが何かが違う。家族の顔も変わらないし、友人、職場も…
・宇宙船で航行中に同じような宇宙船とすれ違う。その船の窓には自分たちとまるっきり同じ姿の乗組員が乗っていて…
・タイムマシーンで過去を旅して帰ってみたところ、明らかに様変わりしてしまった現在。いったい何をしてしまったのだろうか…
筒井康隆の作品には、このパラレルワールドを題材にした作品が多くあります。
そのすぐ隣にある「並行世界」を自由に行き来する主人公の滅茶苦茶ぶりを描く…
小松左京作品には、戦争を題材にした作品も多く、「もし戦争に勝っていたら」、「もしあの時終戦を迎えずに、本土決戦に突き進んでいたら…」
現実の世界をひっくり返し描くことで、通常の物語の進行からでは浮かび上がらなかった「別の価値観」「思いもよらない結末」などが浮かび上がってきます。
このように、SF作品においてはなくてはならない手法のひとつでもあり、アイデアひとつでSFの大きなテーマである「人間とはなにか」「文明の行き着く先は」…を描くことができます。
エヌ氏
星新一の作品に「エヌ氏」という主人公が登場します。
時に「エフ氏」「エル氏」「アール氏」「エム氏」「エス氏」などありますが、その代表的なのが「エヌ氏」です。
なぜ、一般的な名前を使わずこのような名前をつけるのだろうか。
この「エヌ氏」はおんなじ人物なのだろうか。
シリーズものなのだろうか。
結論から言えば、シリーズとしての名前ではありません。
そして同一人物でもありません。
これは、短編集「エヌ氏の遊園地」の文庫版の解説を担当したSF作家仲間の横田順彌氏が、その解説の中で「エヌ氏」の分析を行っています。
横田氏の目的は、「エヌ氏」と星新一の共通項を見つけ出す、つまりエヌ氏=星新一説を探ってみるというものです。
「エヌ氏」という主人公の登場する作品は何作あり、どんな性格で、どんな生活をしているのか。
その結果は、「エヌ氏」の登場する作品は130作品(昭和60年当時)、全作品の一割強あったと言います。
そして職業は、会社員、大企業経営者、スパイ、私立探偵、その他だったそうです。
家族構成は、多くは独身。
年齢は、ほとんどの作品では不明、時々中年とあり、比較的豊かな生活をしている。
老人の「エヌ氏」はみんな金持ちだが、若い頃は苦労しているという設定が多い。その点は星新一と重なるかもしれないというもの。
まぁ、最初からこじつけ的検証ですからこんなもんです。
では、作者である星新一氏本人はなんと言っているだろう。
「星新一全集」の月報(星くずのかご)に次の文章があります。
「作家になりたての頃、「エストレラ博士」というのを登場させた。
カタカナの人名の初出現だが長すぎる。
試行錯誤のあと、縮めて「エス氏」とやってみた。悪くない。
それからアルファベットをあれこれ使っているうちに「エヌ氏」落ち着いた。
発音もしやすいし、さりげなくていい。
なぜ「N氏」にしないのかというと、アルファベットの大文字というやつは、日本文にまざると目立ちすぎ、印象が強く、私の意図に反する」
「私の目標は、ストーリーによって人間を再検討する点にあり、人物描写を通じてではない」
「「エヌ氏」の出現で、ショートショートが非常に書きやすくなった。いちいち主人公の名を考えなくてすむ」
以上の文章はとても興味深い。
SFとは何か。星作品は何をめざすのかを考えるヒントになります。
「人物描写ではなくストーリーで人間を再検討する」と言っているように、泥臭い人間を登場させたくないという思いが「エヌ氏」を登場させたのだということだろう。
確かに日本人の名前には、人物の性格や年齢、職業などがイメージとして浮かび上がるものがあります。
ロボット工学三原則
アメリカSF界第一人者であるアイザック・アシモフが、その作中で文章化したロボットの機能を規定する原則のことです。
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危害を見過ごすことによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間から与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条
ロボットは前掲第一条、第二条に反する惧れのない限り、自己を守らなければならない。
これは、法律のように、違反すると罰せられるというようなものではなく、ロボットの陽電子中に組み込まれていて、違反は不可能だとされています。
このアシモフが定義した雁字搦めの原則により、以降、さまざまなロボットSFがこの原則に基づいて発表されました。
例えば、この三原則に縛られているはずのロボットが作中で人間を殺害する。
そんな完全犯罪的あるいは、密室殺人的なSF推理小説。
または、この原則をうまく逆手にとったアイデアで作品を書く。
など、SFに大きな影響を与えました。
オズマ計画
アメリカで試みられた宇宙信号受信計画のこと。
宇宙のどこかに、地球と同じような天体があり、そこには知的生命体(宇宙人)がいるはずであり、高度に文明が進んでいれば電波信号を送ってその電波を受け取ってくれるのを待っているかもしれないという考えのもと、1960年(昭和35年)、この夢のような計画が実行に移されました。
その第一弾が、くじら座の「タウ」、エリダヌス座の「イプシロン」
このそれぞれの恒星を回っているであろう惑星に向け、電波望遠鏡を向け電波が届くのを待ちました。
オズマ計画の「オズマ」は、オズの魔法使いに出てくる妖精の女王の名前に由来しています。
計画自体はその後も何度か続けられましたが、成果は得られませんでした。
この計画は、科学者が真剣に「地球外知的生命体」を探し始めた歴史的第一歩として重要な出来事でした。

ブラックホール
理論上その実在は、ほぼ確実視されてはいるが、光さえも封じ込めてしまうその強力な重力により、その姿はなかなか掴みづらい「ブラックホール」
その神秘的で荒々しい天体は、SFの絶好のテーマのひとつです。
巨大な重力を持つ恒星が終末期を迎えると、自身のその重力に恒星自身が吸い込まれる形で収縮が始まり、周囲のものすべてを、光さえも吸い込み、空間を歪ませ、凄まじく大きな質量を持った、小さな小さな暗黒の天体となります。それが「ブラックホール」です。
この当時はまだ理論上の存在であり、実在は確認されていませんでした。
それだけに、SF小説の恰好の題材として、宇宙を舞台とした作品には欠かせないものです。
現在では、観測技術の高度化により、ブラックホールではないか、という天体が多数確認されています。
何しろ、光さえも吸い込んでしまうため、発見することはとても困難とされています。
われわれの住む、この銀河系の中心も実はブラックホールではないかとの説もあり、変な言い方ですが、身近な存在になりつつあります。
イメージ図はまるで台風の目

ヘラクレスの柱
ギリシャ神話の英雄「ヘラクレス」がエウリュステウス王のところに行く途中、アトラス山が立ち塞がり、その山を登って行く代わりに、近道をするために巨大な山を棍棒などを使って真っ二つにしました。
その結果、大西洋と地中海がジブラルタル海峡で繋がったということです。
以降、分かれた二つの山を「ヘラクレスの柱」と呼ぶようになりました。
真ん中に描かれているのが「ヘラクレスの柱」


アトランティス大陸
ギリシャの哲学者プラトンがその晩年の著書「クリティアス」と「ティマイオス」の中で紹介した物語に語られています。
物語そのものは、紀元前590年頃にエジプトを訪れたギリシャ七賢人のひとり「ソロン」が、エジプトのサイスの神官から聞いた話です。
ソロンが生きていた時代から9000年前、「ヘラクレスの柱」の外に「アトランティス」と呼ばれる富み栄えた国があり、10人の王が国を分割して支配していました。
その中の一人「王の中の王」が支配する直轄地域は、巨大な海軍を持ち、海洋貿易で栄えた海洋王国でした。
そのアトランティスがアテネと戦いを始めようとした直前、火山の噴火、地震、津波が国を襲い、アトランティス大陸は1日と1夜にして海底に沈んでしまいました。
今から1万2000年前のことです。
高度な文明をもった超古代帝国「アトランティス」は一夜にして海底に沈んでしまいました。
それは、「人々の心に傲慢さが生まれ、ギリシャを侵略しようとしたため、神々の怒りに触れ、1日1夜にして海中に沈んでしまった」というものです。
漫画「海のトリトン」はこのアトランティス大陸の末裔の物語です。
謎の金属「オリハルコン」でできた短剣を手に、白イルカの「ルカー」とともに大海原の冒険の旅に出かけるアトランティス大陸、トリトン族の末裔「トリトン」の物語(手塚治虫原作)

オリハルコン
古代ギリシャの哲学者プラトンがその著書『クリティアス』で記した、アトランティスに存在したとされる伝説の金属。赤く輝く銅系合金で、神殿や王宮を覆う素材として用いられた。
現代では真鍮や青銅と同一視されることもあるが、シチリア沖の沈没船から類似成分の金属が発見され、実在の可能性も議論されています。
日本では、手塚治虫原作漫画『海のトリトン』のテレビアニメ化によって有名になりました。
神秘的な白く発光する金色がかった光、アトランティスに伝わる「謎の金属」でできた短剣という設定が僕を虜にしました。
