著者名 星新一
掲載作品集 「妄想銀行」
星新一は、SF作家と称されることよりも、寓話作家という言葉を好んだと言います。
一般的に「寓話」という文学は誤解されているかもしれません。
皆さんもよく知っている、イソップ寓話やアンデルセンの童話があります。
多くは、子供向けの絵本童話という形で表現されるため、子供向けの荒唐無稽の物語というイメージがあります。
寓話は、人間の愚かさや人生の理不尽さ、社会の格差や生きにくさを、王様、乞食、子供、動物、昆虫、植物、悪魔、妖精などあらゆる題材を用いて、社会、時代、人生などを描きます。
時代背景は限定せず、主人公は王様であっても何処のどの時代か、どのような人生を歩んできたかも描かれません。
時代を超え、文化を超えて普遍的なテーマの設定で、例えば人間の愚かさ等が描かれます。
動植物を登場させる場合もあり、その擬人化はより一層、効果的に人間を浮かびあがらせます。
ここまで書いて気づくことは、星新一が生涯をかけて紡ぎつづけた「ショートショートSF」と寓話の手法は通じる点が多々あると言うことです。
道端で何気なく拾った鍵。
捨てるのも面倒なのでポケットにいれて家路につく。
数日後、ポケットの鍵に気づき、手にとって眺めているうちに気にかかり始め…
平凡な男が偶然手にした「鍵」、男の人生は静かに動き始める。
その鍵が入るべき鍵穴を探し続ける人生に…
日本人の平均寿命は、女性87歳、男性は81歳ほどになると言います。そして高齢になり、病に伏してベットで過ごす期間がその1割ほど。
65歳で定年を迎え年金生活に入り「よし、これからは好きなことをして過ごすぞ。蓄えもしっかり用意した。おれはやりたいことを思う存分やり遂げるんだ…」と意気込んだところで、平均的な残りの人生は20年前後しかありません。
初老期に入ってからの20年というものは、本当に短いと僕は実感しています。
仕事に頼りっぱなしの人生を歩んできた自分に、やり遂げたい課題などみつかるはずもなく、なんとなく過ぎていってしまうしかない…
主人公は鍵穴探しの旅に出かけます。
生涯をかけて、世界を巡り探し求め続けた鍵穴は…そして、年老いた男は最後の時を迎える…
人生のすべてを鍵穴探しに費やした男が、その終焉に出会ったものとは⋯
人は死に直面したとき、その人生を走馬灯のように振り返ると言います。
人生が豊かであればあるほど、その走馬灯も豊かになり、生きてきた意味を知るのかもしれません。主人公が最後に言った言葉。「なにもいらない。今のわたしに必要なのは思い出だけだ。それは持っている…」
星新一全作品中の最高傑作、それは何かと問われれば、僕は迷わずこの作品をあげるだろう。
人は何のために生まれ、生きているのだろうか。
その仏教哲学的な問いかけにひとつの答えを示してくれた星新一作品が、その死後30年が経っても書店の棚に、そのほとんどが重版を重ねつつ存在し続けているということは本当に素晴らしいことだと思います。
生存中は文学賞には縁がありませんでした。
文体が平易で、無駄を一切省いた短い作品。
人間臭さを抜きさり、既成概念を呼び起こす個性をとことん消し去り、いつの時代の、何処に生まれ、何処で人生を謳歌し、何処でその生涯を終えたのかさえ見当がつかない人物像を描く。
そんな作品を「これは小説ではない」と、旧来の小説家たちから認められるはずもない。
生涯をかけたSF、書き続けた超々短編小説、もちろん文壇から賞賛されれば幸せだったろう。
文学賞をもらえたらうれしいに決まってます。
伝統的な寓話を、新たな息吹を与え現代に著した革命的作家であった星新一を、古い世界の文豪達には理解できなかった。
その理解し得ない世代を置いてきぼりに、21世紀を迎え、令和の時代になってもなお重版を続け輝き続ける作品群。
ずっと未来の向こうで、こちらに振り向きながら手招きしている星新一が僕には見えます。



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