時間を自由に往き来する。
戦車が関ヶ原を駆けまわる。
そんなものは描かれない。
現代から時間を遡り、商売敵の先祖に当たる男を殺しに来た会社社長…そんな男は何処にも居ない。
自由度の高いSF界から一番対岸にある「時代小説」の世界に星新一が挑みました。
これはSFではなく本格的な時代小説です。
いつもより長い作品で、ショートショートではありません。
「殿様は目ざめる。朝は6時。夏だったら6時の起床が慣例だが、冬は7時となっている…」
冒頭からこれだ。
江戸時代なら卯の刻とか丑三つ時とかが常識ではないか。
殿さまの口から朝6時はあり得ないと思いつつも、星新一にとっては時代考証なんかより、分かりやすさが優先するんだろう。
大正から昭和初期、日本一といわれた製薬会社の御曹子、星新一はその育ちの良さとにこやかな風貌で、SF仲間からは「殿様」と呼ばれていました。
その殿様が書いた殿さまの物語です。
ある藩主の日常を描いた「殿さまの日」にしても、豊臣秀頼の苦悩と滅亡までを描いた「城のなかの人」にしても、いくさや城内のゴタゴタなど人間臭いエピソードは描かれない。
将軍や殿さまも二代目以降になると天下太平の世、いくさの経験などない。
若君は、成長するにしたがい徐々に自身の運命的な環境を理解してゆきます。
自分の仕事は、「家」を存続すること。子供を多く残す「お家安泰」という最重要な役目があるが、それ以上でも以下でもないという現実を知ったお殿様は、それでもその運命に逆らうことはできるはずもなく、若くして自分の生涯が見えてしまいます。
時代小説の大家が書くものとは趣が違います。星新一は「実験小説」といえるような作品をサラリと書き上げてしまう。
このような視点で「時代小説」を書き上げるのは珍しいのではないだろうか。
SF作家だからこそ自由な
作品集としては「殿さまの日」と「城のなかの人」の二冊が出版されていますが、没後「時代小説集」として、天、地、人の3巻に再編されて出版されています。
出版社はポプラ文庫です。
このポプラ社発行の三冊は、原子力発電所で有名な東海村の古書店で購入したものです。
どうみてもページをめくった痕跡がない「新品」でした。
これは万引き品に違いない。
だとしても、店が仕入れた物だし、誰かが買ってしまうし…
チョット迷ったけれどもレジに向かいました。
古本の楽しみって実はこういうところにあります。
本に歴史ありです。



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